2014年6月12日木曜日

今日の茂雄さん(その6)

507×683cm、クレヨン

「今日も疲れたなあ」なんて思いながらぼんやり眺めていると、じんわりと染みてきた一枚。

これもまた、なんともふしぎな絵です。

まるで子どもが描いたような素朴な印象。絵肌をあまりつくりこんでいないのもその理由のひとつでしょうが、なによりもこのシンプルな構図が効いています。小高い丘を描く。しかし、なかなかこうは描けないでしょう。

しかしよく見ると、いろんなことが見えてきます。絵肌をつくりこんではいませんが、表情を細やかにつくっています。こすっているところ、線の風合いを残しているところ、そして黄緑の丘と水色の空が接するところがわずかに明るく塗りこめられています。

丘は左右対称の形をしていますが、じつは画面の中で左右対称なのは(意外に思われるかもしれませんが)この丘だけです。画面を横切る線は右下りと左下りで、丘の下方に配された茶色の形とその右下に配された紫と黄色のかたちも画面にアクセントと流れをもたらしています。そして、いつも画面のどこに白を配すべきかを考えていた江上さんらしい、白いシャツを着た人物。

シンプルな構図ながら絵が膠着せず、ゆるやかなリズムが目に心地よく届いてきます。

江上さんがこの絵でやりたかったことが何だったのかはにわかには分かりませんが、しかしこの翳りのない色彩と牧歌的な穏やかさとが観る人の気持ちを慰めてくれることは間違いありません。(たけ)



2014年6月4日水曜日

今日の茂雄さん(その5)

756x554㎝ クレヨン

茂雄さんは大牟田や荒尾のさまざまな風景を描きましたが、それはなにも風光明媚な絵のモチーフを求めてのことではなく、「自分がいる場所」を絵にするためのことでした。ですので、この社宅の部屋の小さなベランダを描いた絵もまた茂雄さんにとってはれっきとした「風景画」といえるのかもしれません。

鉢植え代わりの四角い木の箱にさまざまな植物が植えられています。手前はきっと食事の足しになるようなものでしょう、奥は日々の暮らしの慰みに。茂雄さんはお花が好きな人でした。幾何学的な絵づくりのおもしろさもさることながら、この小さなベランダにしゃがみこんでいる茂雄さんの姿が目に浮かぶようで、私には愛おしい絵の一枚です。

ベゴニアの花の、ナイフでこすりつけたような赤い絵具がすこし暗い青い影の中で映え、揺れ、画家の眼をダイレクトに実感させます。(たけ)