2013年7月23日火曜日

作品紹介(8)

クレパス・クレヨン画、水彩画、版画、鉛筆による水彩画といろいろご紹介してきましたが、今回はまた別のもの。しかも同じ画家がつくったとにわかには分かり難い、まったく別のもの。

水彩、クレパス、墨汁

『私の手と心の抄』と江上さん自身が名付けたシリーズの一枚です。このシリーズは昭和34年前後から江上さんが会社を退職される昭和47年まで断続的につくられました。

画面のところどこに花を思わせるモチーフが見えますが、これまで紹介した作品とはがらりと異なる雰囲気。何を描いているかはまったく分からず、抽象的というよりも子どもの落書きにちかいと言った方がいいかもしれません。

実際、この作品をはじめとした『私の手と心の抄』は、水彩やクレパスだけに飽き足らず手近にあるあらゆる画材(ボールペン、マジックインキ、墨汁など)を駆使してほとんど即興的に、数時間でつくられました。ですので、シリーズとはいえ形式的にはなんのまとまりもなく、雑多で取りとめのないイメージの寄せ集めになっています。

しかしだからこその魅力があります。それは独特の生々しさ。いろんな画材と戯れる江上さんの肉体的な悦びがダイレクトに現れているのです。誤解を恐れず言えば、非常にセクシャルな印象もあります。見ていると何かこう、身もだえしてしまうような(笑)

写実、写生を旨とする江上さんの手からこういうイメージが生まれてきたことに驚くかもしれません。

しかしそもそも、人が生きて在るとはそういうものではないでしょうか。いろんな矛盾や曖昧さを抱え、「自分」というものがいくつもの相容れぬものに引き裂かれる経験の連続。そして表現とは、自分や世界に穿たれたそんな亀裂に目を注ぎ、耳を傾け、受け止める(あるいは抗う)ところから生まれるものにちがいないのです。

自分を見つめ、世界に触れること。この非凡な徹底ぶりが、江上さんの絵が放つ原初的な表現の力の源であることは確かですが、じつはそんなふうに括ることもできないさらなる矛盾や曖昧さを江上さん自身が抱え持っていることが、絵をさらに複層的で「リアル」なものにしているように私は思うのです。

ただそれは、また別のところで。


2013年7月19日金曜日

作品紹介(7)

今回ご紹介する作品は、江上茂雄さんの作品の中でも、
少し異色と言えるかもしれません。

それは、荒尾市に転居した昭和48(1973)年から手がけている
“私の筑後路” と題した木版画の一点なのですが、
シリーズ名にあるように、自分を育ててくれた筑後の風景を題材とする
一連の作品の中にあって、これは草花が描かれています。






 









作品名は「緑照青影」。

描かれる草花は、“私の鎮魂花譜” で繊細に描かれてきた
一輪、一株に、共通するものもあるのでしょうか。

現在まで、170点以上が制作されているこのシリーズの中で、
このように黒白の対比だけで表現された作品は、ほとんどありません。

墨だけを使った作品であっても、その多くは、中間となる灰色の諧調を加えることで
さまざまな調子を作り出しているのです。


この作品が制作されたのは、昭和58(1983)年。
この年、江上さんはお母様を亡くし、近しい方々への香典返しとして
この作品を彫ったそうです。

少年時代に父親を亡くした江上さんにとって、
以来、姉、妹と自分を育ててくれ、
絵のこともずっと見守ってくれていた母親は
絶対的な存在だったといいます。


黒と白によるシルエットで、細やかに彫り、刷られた草花。
それは、家族の思い出のひとつひとつを確かめ、
刻んでいく工程だったのかもしれません。
(とく)

2013年7月15日月曜日

作品紹介(6)

道端にでも生えていそうなありきたりの花が描かれた1枚の絵。これを画家がどのように描き出したかを想像しながら見てみること。


斜めに切られた茎が、この花が江上さんの手によって摘まれたことを示しています。江上さんはスケッチに出かける時、小さな瓶に少しの水を入れて携えて、摘んだ花を大切に持ち帰ってはこのように描きました。

とすれば、この小さな花と出会ったのは帰り道でしょうか。スケッチはうまくいったのでしょうか。それとも「今日はいまいちだったなあ」なんて呟きながらなのでしょうか。

花を摘むときには、なにか言葉をかけるのでしょうか。

家に帰ってきて、荷物を置き、一休みしてから江上さんは花を手に取り、愛で、鉛筆を取り出し紙の上に象っていきます。

消しゴムは使いません。硬く尖らせた鉛筆の先で、心を無にして、精神を集中して、一本の線で輪郭を描いていきます。目の前の対象に没入、忘我する約二時間は、現実から完全に隔絶されて平穏を手に入れることのできる、貴重な時間だったに違いありません。

『私の鎮魂花譜』と名付けられ、ファイル3冊に分類・保管されているこれらの植物画は、昭和13年から40年代初頭までのおよそ30年間の長きにわたって断続的に制作されてきました。青年時代の寂しさを慰めるための営みだったと、江上さんは振り返ります。

さらにこの絵では水彩で薄く色がつけられています。鉛筆だけで描かれたものよりも柔らかい仕上がりで、この花の小さく愛らしいさまがよく伝わってきます。

縦21cmほどの紙の上に余白を大きく残したままに描かれたこの花は、ほぼ原寸大なのでしょうか。小さきものを愛で、弱いものに共感を寄せる江上さんの心性が彷彿とされます。(たけ)


2013年7月9日火曜日

作品紹介(5)

江上さんが絵を描くときの目線はいつも低い。

前回ご紹介したような作品に認められる、空が画面の大半を占めるスタティックな構図ゆえの安定感も大きく起因しているのでしょうが、なにより江上さんが実際に椅子に座って眺めているだろう風景だったり、場合によれば地面に這いつくばって見ているんじゃなかろうかと思わせるような眺めが描かれています。

「線路敷の夕暮れ」1950年前後 クレパス

この作品の視点も非常に低く設定されています。自分の住むまちにこんな眺めを発見し、スケッチし、それをもとにクレパス画を描いていくとしても、もっと視点を高く設定した構成を採ることもできたはずです。それをあえて、低い視点のままで固定し、画面ほぼ一杯に目の前の柵を描き、画面上にわずかに向こうの眺めを配しています。

いえ、より正確に言うのならば、そもそもこれは目線を低くしないと見えてこない眺めなのです。

このいかにも絵になりそうにない眺めをあえて絵に描き、ロマンティックな雰囲気さえ漂う絵に仕立て上げているところにこそ江上さんの画家としての資質と気概が見て取れるでしょう。

雨上がりなのでしょうか手前の道路はつややかに濡れ、水たまりには夕焼けの光が映えています。柵の向こうは青と紫を基調にした層が重なり、クレパスの塗り方にも変化が見られます。

そして向こう側の洗濯物のなんと美しいかがやき。

洗濯物は江上さんが好むモチーフの一つでもあり、それは江上さんが目線を低くするのと同根のことでしょう。(たけ)


2013年7月4日木曜日

作品紹介(4)

高島野十郎(1890-1975)という画家がいます。福岡ゆかりの洋画家で、当館でも随一の人気を誇る写実の画家。その彼が有明海の干潟を描いた「春の海」という自作を前にして、「これは空気を描いたのです」と言ったとか。

今回ご紹介する江上さんの作品を見ていると、野十郎のその言葉を思い出します。これもまた空気を描いた作品だと勝手に思ってしまうのです。もちろんそれは、野十郎はちがうやり方でちがう空気を描いているのですが。

「べにいろの雲」1964年前後、クレヨン、大牟田市海岸埋め立て地付近

夕暮れなのか早朝なのか、紅く染まった雲が紺碧の空を大きく占めています。地平線は画面の下の方に追いやられ、静かな構図でありながら圧倒的な空間の拡がりを獲得しています。

地面の上に立っているのは送電線用の鉄塔でしょう。クレヨンが塗られた画面を針状の道具で引っ掻いて生まれた線の繊細さと正確さは、江上さんが三池炭鉱建設課に働くことで培ったパース引きの技術が生かされているようにも思えます。その横にさりげなく配された小さな掘っ立て小屋に、江上さんはやはり自己を投影しているのでしょうか。

江上さんのロマンチストとしての資質が存分に体現された作品といえるでしょう。その意味では心象風景と呼ぶにふさわしい作品でもあります。こういう風景を前にした時にきっと誰もが抱くような切ない感慨を見事に造形化しています。

と同時に、とてもリアリスティックに描かれた風景画でもあると思うのです。

一面青く塗られた空にわずかに見えるグラデーションが、なにか空気のよどみや大気の揺れを感じさせ、地面を埋め尽くす葦(?)を描くタッチが画面左に向かうほど大らかになっているのは、そこに吹き抜ける風を描こうとしているのではないでしょうか。

もちろんここで言う「リアル」は、目に見える物を見える通りに描こうと志向する絵画様式としての写実主義(リアリズム)からは逸脱していくでしょう。しかし風景のただ中にあって、私たちは何にその風景のリアリティを感じるのか。それはやはり、目には見えないけれど肌に触れてくる風や熱のようなものではないでしょうか。

この絵からは風/景と文字通り交わる江上さんの悦びがじんわりとしみ出しています。(たけ)