2014年5月7日水曜日

今日の茂雄さん(その3)

クレパス、クレヨン、水彩絵具 565×752cm

茂雄さんの絵の基調色といえば緑と青でしょうか。風景を描くのでこの二色がベースになるのは自然なことのように思えますが、なかでも青は空の色、水の色、影の色、哀愁の色と茂雄さんらしい広がりを持っています。この絵の青も影を表しながら、爽やかさとわずかのもの悲しさを感じさせる印象的な色になっています。

この低い土手は茂雄さんが一時期好んだ場所らしく、しばしば描かれています。土手の土、その土とは質感の異なる地面の土、土手と地面の境界をなす石、そして木々、向こうに抜ける緑。それらが混ざり合うさまが茂雄さんの眼をとめ、手を動かしたのでしょうか。土手を塗るクレヨンをナイフでこすりつけたり、木の幹や葉の下地に白い水彩絵具を盛り上げて質感を強調したりと、物質感をとらえようとする茂雄さんなりの実験がさまざまに見て取れます。

さらにこの絵に関しては、それらの物質を覆い、より複雑で微妙な表情をもたらしている光と影に茂雄さんの絵心が動かされているようです。右下から大きく円を描くようにして右上へとうねっていく全体の構図と、その構図に回収されることなく(しかし調和をなすように重なりながら)眼の中でカクカクと自在に動き出すそれぞれの色彩。茂雄さん自身が強調する「写実」を越えて、どこかセザンヌにも通じるような快活さをこの絵は放っています。(たけ)

2014年4月23日水曜日

今日の茂雄さん(その2)

756×570cm クレヨン

画面いっぱいに描かれた一本の木。枝は曲がりくねり、画面の隅々にまで伸ばされ、その存在感たるやすさまじい。鮮やかな色遣いと独特の質感もさることながら、上から見下ろしているのか横からまっすぐ見ているのか定まらない視点がこの木の物体としての迫力を増幅しているように感じる。

茂雄さんの口からその名前を聞いたことはなかったが、私にはゴッホの絵を思い起こさせた。私たちが生きている現実というコンテクストから切りはなされ、ただ物体として私たちの目の前に投げ出されたこの木。茂雄さんがこの木を目にした時に感じたであろう、筆舌に尽くしがたい圧力すら伝わってくる。(たけ)

2014年4月15日火曜日

今日の茂雄さん(その1)

49日が過ぎ、茂雄さんは彼方でゆっくりされているのでしょうか。それともやっぱり今日もこっちに来て、風景を描いていらっしゃるのでしょうか。

ゆっくりとですが、茂雄さんが描きためたクレヨン・クレパス画の調査を再開しています。今後思いつくまま気の向くままにご紹介していきたいと思います。

563×752mm クレパス

空を大きく取った茂雄さんお得意の風景ですが、うねる雲と低い山に並ぶ木々、広がる田んぼが三様に動きだすような、軽快さと違和感をあわせ持ったふしぎな絵。素朴に見えてかなり実験的なことをやっています。(たけ)

2014年3月25日火曜日

追悼記事

茂雄さんが旅立たれて1カ月が経ちます。

けれど茂雄さんの絵を思い出してくれる人、展覧会図録を横にして絵を描いてくれる人、こうやって記事を書いてくださる人たちがいて、茂雄さんはぼくたちの心の中に生き続けてくれています。

なんて言えば、茂雄さん、向こうで恥ずかしがってらっしゃるかもしれませんね。


熊本日日新聞に3月21日掲載された記事です。(たけ)


2014年1月4日土曜日

「ハンズさん」ってなに?(その2)

(その1)で「ハンズさんが一過性の仕掛けではなく、現在も続く仕組みになった」と書きました。書きましたがずっと違和感が残っています。「仕組み?本当?」と。勢いで底上げしてしまったような気がしています。

きっとハンズさんは、仕掛けにも仕組みにもなっていません。展覧会を運営する立場(あるいは美術館に働く立場)の私からこう言ってしまったら元も子もないのかもしれませんが、結局「ひと」次第です。幸いにもハンズさんは人に恵まれてきたとしか言いようがないのです。

一番長くハンズさんとして働き、私がリーダーとして信頼しているNさん。そのNさんは早くから「来場者をおもてなしする」ことの大切さを明言し、心がけておられました。(2008年に開催した「アートにであう夏 vol.10 ぼくの久留米絣ものがたり」という展覧会では報告書をつくることができましたが、そこに寄稿くださったNさんはすでに「おもてなし」を書かれています)

来場者の気質や気分に合わせて、その人が求めていることを察知して届ける。それを展覧会場でやろうと。ですから、たとえば作品のことを知りたがっている人がいれば作品の解説を、ただ話をしながら展覧会を楽しみたい人には話し相手(聞き役)として、ひとりで静かに見たいという方にはもはや話しかけずそっと見守る、というかんじ。

しかし、ハンズさんのおもてなしは実はその先が真骨頂。使命感の根底には「来場者が気持ちよく時間を過ごしてくださるように」と同時に「展覧会を十二分に楽しんでもらえるように」という気持ちがあります。展覧会や出品作への愛情は、企画者たる学芸員のそれとひけを取らないどころか勝る場合すらあります。「ハンズ(さん)がいない状態で来場されて展覧会を見て帰られる時よりも、もっとずっと作品や展覧会の魅力を堪能して帰ってもらいたい」とハンズさんたちは願い、働いてくれます。ですから自主勉強や自主ミーティングは欠かさず、つねに向上心をもって展覧会運営に携わってくれます。

とはいえここが肝要なんですが、ハンズさんは自分たちの想いや愛情を鑑賞者に押し付けることは決してしないように心がけます。それだと来場者への「おもてなし」になりませんし、と同時に展覧会をつくりあげることになった企画者の意図や想いをまずは理解するように努め、その意図や想いを実現するために自分たちはどう動くべきか、ということを考えます。あくまでも「つなぎ手」としての役割に徹するプロなのです。ですので、しばしば誤解を受けますが、ハンズさんはボランティアスタッフではありません(ボランティアそのものを否定するつもりはありませんのでそれも誤解なきよう)。

さて、ではどうやれば「ハンズ(さん)がいない状態で来場されて展覧会を見て帰られる時よりも、もっとずっと作品や展覧会の魅力を堪能して帰って」もらえるのか。そのためのもっともシンプルな方法が、なるべく長く会場に滞在してもらうことです。

一人の方が会場に来られるとします。もしその方が、そのままだと5分くらいで会場を後にしそうな、そんなかんじだとします。もちろん鑑賞は長い時間をかければそれだけ深いものになるという訳ではありません。短時間だからこそ(あるいは短時間でも)ぐっと凝縮された鑑賞が可能になるケースも多々あります。とくにこれまでたくさんのモノや展覧会を見てきた人は、すーっと会場を一回りしただけで私なんかが数時間かけても見れないものを見ている、そんなケースもあります。しかし、会場に入ったはいいけどなんとなく興味なさそうとか、どう見ていいかなんとなく困っていそうとか、そういう人をハンズさんは見逃しません。どこかのタイミングでふっと声をかけて、来場者の気持ちをほぐし、会場に長居したくなるように、作品をじっくり見たくなるように誘います(最近の展覧会ではハンズさんが声をかけるタイミングや内容がつかみやすいポイントを、あらかじめ展示の中につくっておくようにしたりしています)。そうすると最初は気難しそうな顔をして入ってこられた方が、気づけば楽しそうに作品を見て長くハンズさんとお話しして、最後には「ありがとうございました」と帰られる、そんなことも多々あります。

たとえば展覧会場にやって来た子どもたちに、美術館スタッフはしばしば「作品をじっくり見てね」と言います。しかし私にはそう言うことに対するためらいがあります。じっくり見てもらうことが目的なのではなく、自分の目と心で作品と向き合ってもらうことが大切なのであり、我慢強く作品の前に立つことや(見るという)ひとつのことに集中するという、世間一般的に「お利口」と誉められるそんなことを強要したい訳じゃないからです。しかし長く見ているとそれだけで多くのものが見えてくるということが美術にはたしかにあります。だからこそ「じっくり見てね」と言わずともついつい長く見てしまうようなきっかけとなる一言をいかに届けられるかが重要ですし、ポンとやさしく背中を押してやれば、子どもと美術の関係は大人が想像する以上に仲良しで、あとは子どもたちが勝手に遊ぶに委ねていればいいのです。

閑話休題。ですから(と、うまくつながってますかね?)ハンズさんが目指すところの「おもてなし」、ミュージアムにおけるところの「おもてなし」というのは、いわゆるサービス精神というよりも教育(「啓蒙」では決してなく)への志向だと考えていますし、美術の力を信じながら一人ひとりの来場者に寄り添うための術だと捉えています(抽象的すぎますかね?)。ハンズさんのその術にマニュアルはありませんし、マニュアル化できないからこそ「おもてなし」たりえるのでしょうし、ハンズさんが3人いれば三様の「おもてなし」が生まれ、だからこそ多様性と公共性を旨とする展覧会という場が生きるのであり、美術という時空を超える価値が生かされるのでしょう(飛ばしすぎですかね?)

もう一人、大切なことを教えてくださったハンズさんがおられます。Fさんです。その時はハンズさんとしてではなく一鑑賞者として展覧会に来場下さったFさんがたしかこんなことをおっしゃいました。「お仕着せの展覧会とちがって、この展覧会はなんて上級者向けなんでしょう。楽しみ方はご自由に。といっても来場者を放っておくのではなく、その方の主体性に任せてすっと寄り添っていくかんじがステキです」と(たしか2009年の「郷土の美術をみるしるまなぶ vol.1 博多工芸ぶらぶら散歩」だったかと)。

「上級者向け」「主体性」という言葉遣いはちょっと誤解されるかもしれません。すこし言い換えるとこういうことでしょうか。「展覧会を自由に見て、等身大の自分のままで作品と向き合うことのたのしみ方を、あらゆる来場者が知らず知らずのうちに知り、学び、実践してしまっている、そんな場になっている」と。「初心者」であれ「上級者」であれハンズさんは線引きはしませんし、排除することもありません。「主体的」に見ると言って、では「受動的」に見るのがだめなのではなく、そもそも主体的と受動的、あるいは主体と客体との線引きはどのへんで可能なのかと言えばそれはとても曖昧で、私自身は自己と他者を峻別し、自己の輪郭を肉体の皮膚に沿って確定することができるという「幻想」がいろんなややこしいこと、つまらないことを量産していると思っているんですが、それこそややこしい話になりますから一旦中断。つまりどう見てもいいんですが、その見るということの楽しさや深みを体感してもらいたい、とハンズさんは願っているのです。

ひとまず相手(鑑賞者)を丸ごと受け入れる。そのあとで「(見ることの深みへ)一緒に潜ってみましょうよ!」と誘ってみる。場合によっては「いや、ひとりで潜るよ」って方もいらっしゃいます。その時はその方に応じたツール(潜水服だったり足ヒレであったり時には潜水艦だったり!)をお見せして「じゃあ、よかったらコレ使ってくださいね」とその場は立ち去り、でもその方を見守り続ける。それがハンズさんの「おもてなし」なのです。

もうちょっと具体的に。

往々にして会場に順路はありません。解説やキャプションも多くなく、というよりあえて「穴」や「抜け」があったりします。それは「自由に見てね」という企画者からのメッセージであると同時に、ハンズさんが展覧会の一部としてうまく機能するための「仕掛け」でもあります。そして会場に足を踏み入れた来場者がちょっと戸惑って「あれ、これどういうこと?」「うーん、ここもうちょっと知りたいな」という顔をしたらすかさずハンズさんは、絶妙のタイミングとあり得ないような気さくさで話しかけてきます。

このファーストコンタクトがうまく行けば、来場者は「あ、こんなかんじでいいのね」とリラックスして、リラックスすると今まで見えなかったものが少しづつ見えてくるようになることもあります。ですのでハンズさんは、来場者とのこのやりとりを入念にシミュレーションし、「こう来たらこう返す」というパターンをあらかじめいくつも想定しておきます。しかし実際のところはそうそううまく事は運びません。事が運ばないことを分かりながらも事を運ぶように準備しておくことで、想定したパターンから逸脱した時に対応するコミュニケーション力が蓄積され、ハンズさん流の「おもてなし」が生まれるのです。(入念に想定し、緻密に準備しながら、そこからの逸脱にこそ本当の豊かさを実感し、その逸脱をもたらす出会いに悦びを見いだすのは、展覧会という場をつくるうえでも重要なことでしょう)

会場はコミュニケーションを誘発するような雰囲気が漂っています。そうすると、知りたいこと、分からないことが出てきたら来場者自身がハンズさんに声をかけてくることも多くなります。というよりも、与えられた情報と環境のなかで「お仕着せ」の楽しみ方に流されるのではなく、「もっと楽しみたい!」という欲が自然と生まれていきます。というよりも、「自由に見る」ことの楽しみは待っているだけでは訪れませんし、自分で獲得しなければならないのです。そのための一番シンプルな行為はまず「聞いてみる」ということでしょうか(会場入口には「ハンズさんになんでも聞いてね」という「展覧会の楽しみ方」が書かれていて、入場するときに一読をお願いしています)。聞けば知ることができるけど、聞かなきゃ知らないままで終わることがたくさんあります。「聞かなきゃ(あるいは知らなきゃ)損をするよ」といじわるを言っている訳ではなく、あくまでも「聞いてくる人は大歓迎、聞いてこない人ももちろん歓迎」という歓待の姿勢です。「世の中ってそういうもんでしょ?」というスカしたスタンスではなく、「こんな世の中だったら住み良いな」という希望を込めているのです。

気さくだけど与えすぎないハンズさんと、自由だけど(形の上での)公平さが整えられていない展覧会場は、来場者全員とそういう希望を共有したいと本気で思っています。ですから来場者同士には歓待とは言わずとも寛容の姿勢をやんわりと求めます。会場入口には「ハンズさんに何でも聞いてね」と並んで「ひとりで静かに見るのもアリだけど、誰かと話しながら見るのもステキなこと」と書かれているのですが、それは「あなたが静かに見たいと思っているとしても、誰かが話しながら笑顔で見ていれば、その笑顔をいっしょによろこんでね」であり「誰かと話しながら見るのは楽しいけれど、ひとりで静かに見ている人のその心の中に開いた笑顔も想像しようよ」でもあるのです。ハンズさんの「おもてなし」が教育(あるいは共育?)への志向である言うのはそういうことで、私たちにとって来場者は「お客さん」ではなく、お迎えの言葉は「いらっしゃいませ」ではなく「こんにちは」なのです。

なんだかずいぶんとまとまりのない、しかも回りくどい繰り言になってしまいました。思いつくまま、思い出すまま書き連ねて、自分で読み返す気もちょっと...。ともあれ今回は、ハンズさんといっしょに育ててきたこんなぐだぐだうねうねした想いが(その1)で言及した以下のシリーズ趣旨文にぎゅぎゅっと凝縮されたのだということだけお伝えして終わらせてください。

本展は九州のローカルな美術をたのしく深く紹介するシリーズ展「郷土の美術をみる・しる・まなぶ」の5回目にして特別編になります。大人と子どもがときには一緒に、ときには別々に美術と向き合う場と時間をつくり出します。会場ではおもてなしスタッフ「ハンズさん」が来場者を気さくにお出迎えいたします。作品鑑賞のお手伝いをしたり、話し相手になったり、ちょっとしたクイズを出してみたり。ただし展覧会場での過ごし方は皆さん次第。ひとり静かに見るもよし、誰かと話しながら見るもよし、どうぞご自由にお楽しみください。

いずれもうちょっとまとめて書き直さないといけませんね、さすがに。(たけ)



2013年12月13日金曜日

福岡ケンビの会場のことなど



福岡ケンビでの江上茂雄展、会場風景の写真を少し整理しました(どれもこれも私が撮ったものなのでいまいちパッとしませんが...)。

展覧会が終わって早1か月(大牟田市立三池カルタ・歴史資料館の江上茂雄展は先日12月8日に終了したばかり)、まだまだいろんなことが進行中で、懐かしいという感慨は湧きませんが、会場を訪れてくださった方々の笑顔や溜息、涙なんかが思い出されます。

この会場は、展覧会企画者である私の「ああしたい、こうしたい」という思いを空間デザイナー(であり美術家でもある)坂崎隆一さんが(限られた予算と時間のなかで)みごとに具現化してくれたもの。

とくに水彩画を平面展示するための長ーい台や、絵を覆う木製カバーなど、たくさんの方が「こんな展示は見たことないけどとても見やすいし、茂雄さんが見ていた風景が見えてくるようだ」と共感を寄せてくださいました。

ちなみに坂崎さんは、同じく私が担当した「糸の先へ」(2012年)、「小石原焼と小鹿田焼 いとおしいやきものたち」(2010年)、「ぼくの久留米絣ものがたり」(2008年)などの会場空間も手掛けてくれた、展覧会を実現するうえで私がもっとも信頼するパートナーのひとりです。

また、江上茂雄さんのクレパス・クレヨン画を飾っていたシンプルで印象的な白い額。これは茂雄さんの次男であり、現代美術作家でもある江上計太さんにつくってもらいました。木材とスチレンボードによるこの額が茂雄さんの絵と調和し、作品がとても明るく見えたことは皆さんの記憶に生々しく残っていることでしょう。

DIY感にあふれたあのあたたかい展覧会場は、彼らの献身的な協力と茂雄さんの絵に対する愛情がなければ実現しませんでした。(たけ)









2013年12月1日日曜日

「ハンズさん」ってなに?(その1)

今回の江上茂雄展(での試み)についてのいろいろなことを機会を見て書いておこうと思います。

その一発目は意外なところで(?)「ハンズさん」について。

福岡ケンビの江上茂雄展はシリーズタイトルがついていました。それが「郷土の美術をみる・しる・まなぶ」。どんなシリーズなのかは、チラシにこう書きました。

本展は九州のローカルな美術をたのしく深く紹介するシリーズ展「郷土の美術をみる・しる・まなぶ」の5回目にして特別編になります。大人と子どもがときには一緒に、ときには別々に美術と向き合う場と時間をつくり出します。会場ではおもてなしスタッフ「ハンズさん」が来場者を気さくにお出迎えいたします。作品鑑賞のお手伝いをしたり、話し相手になったり、ちょっとしたクイズを出してみたり。ただし展覧会場での過ごし方は皆さん次第。ひとり静かに見るもよし、誰かと話しながら見るもよし、どうぞご自由にお楽しみください。

このいわゆる趣旨文に至るまでには展覧会の数をそれなりに重ね、すこしずつアップデートしてきたわけですが、それだけにどこに視点を置くかによって話は幾重にも広がっていきます。なので今回は「ハンズさん」について絞りましょう。

ハンズさんという仕組みがケンビで生まれたのはかれこれ11年前の2002年、「みる・しる・まなぶ」の前シリーズにあたる「アートにであう夏」の4回目として開催された「クイズ de アート」という、子どもたちを対象にしたいわば体験型の展覧会においてでした。

ハンズとはつまり「手」。作品と鑑賞者の「つなぎ手」として、作品保全のための監視はもとより、子どもたちに寄り添って、子どもたちがより楽しく、より深く鑑賞できるように手を携える役割が期待されました。

命名者は当時ケンビにいらした川浪さん。検索かけたら川浪さんの古い記事が出てきましたので、リンク貼っときます。

http://www.dnp.co.jp/artscape/view/recommend/0209/kawanami/kawanami.html


すでに私自身もケンビで働くようになって3年目に突入した頃のことですが、当時在籍していたのが隣の課でして(しかも知る人ぞ知る「県展」を担当しておりまして)、ですからじつはあまり詳細な経緯は知りません。けれど記憶では、ハンズさんが生まれるにはもうちょっと現実的な事情もあったように思います。つまり、通常の作品監視の仕方では、クイズやら機織りやら記念写真やらの体験で興奮が振り切り、ワイルドになった子どもたちから作品を守ることができない、という事情です。

「さあ、存分に遊びなさい」と言っておきながら「作品には触るな」「会場では暴れるな」と求めるのはそもそも酷な話で、子どもたちだって白けてしまいます。ですから「監視」というネガティブな役割ではなく、川浪さんが書いているように「ファシリテイター」というポジティヴな役割へと切り替えることで、この二律背反の荒波を泳ぎきろうとしたわけです。(ちなみに現在では「監視」ではなく「看視」という言葉が使われることも多くなり、私自身も後者を意識的に使うようにしています)

とはいえ展覧会が始まればもちろんながら想定外のオンパレード。日々メンテや修正に明け暮れたとはこれもまた川浪さんが書くとおり。しかし見た目の手作り感とかほのぼの感とはあいまって、美術館運営からすれば多分に実験的なこの試みはこれまた想定外の好評を受け、なんと次の年には第2弾「ふたたび!クイズ de アート」が開催されることに。(余談ですが私が初めて担当を任された企画展で、反省とか苦い思い出とか若気の至りとか満載)

ただしハンズさんという仕組みはこのように「クイズ de アート」という一つの展覧会からはじまった訳ですが、その種はもちろんその以前からありました。作品と鑑賞者、美術館と市民をつなぐことの大切さを考える教育普及的な意識は「アートにであう夏」というシリーズ名からも読み取れるでしょう。それが底流にあったからこそハンズさんは一過性の仕掛けではなく、現在も続く仕組みへと育っていくのです。

と言えばなんだかかっこよく聞こえますが、実はハンズさんは私たち美術館側が育てたというよりも、ハンズさんたちが自ら育ってくれたようなものなのです。

そのあたりはまた次回に。(たけ)